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2007年 08月 26日
ABC食堂の公民館にビックリ??? (滋賀県東近江市)
今日は陰陽師たつやさんに教えていただいたABC食堂(旧八日市市)のランチを食べてきました。
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建物は建替えされてキレイ!
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SINCE1925、昭和元年の創業、滋賀で2番目に開店された洋食屋らしいのです。
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これがメニュー、この中の公民館を食べてみたかったのです。
「ライスかパン、どちら?」とのこと、その場合絶対パン派です、あなたはどちら派?

公民館の方がいつも食べておられたので公民館という名前になったそうな・・・
そして、村川さんが食べていたから村川???会って見たいな~~村川さん。
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上を見ると、お~~~~~~~~手作りスピーカではないか!
しかも、バックロード・ホーンですやん!ひょっとして長岡鉄男さんに影響されての作品かな~~
おそらく、ご主人の青春時代の思い出が詰まっているんだ~~~
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待つこと15分、来た~~~!
お~~~これで735円、安~~~~~~~。
待った理由も分かった、コキール(グラタンやな!)を一から焼いているんだ~~~~鶏肉入りで旨~~~~~~い。
パンも自家製、もっちりで旨い~~~~~正解!
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コロッケと書いてあったが、牛が多めのメンチカツ!当然ラードで揚げられていてその香り、味に洋食屋の真面目な仕事を感じます。
サラダはすでにマヨネーズ風のドレッシングと合わせてある!これも量、質文句なしだ~~
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三代にわたり、真面目にコツコツ手を抜かずに料理を提供されてこられたのが、伝わってきました。
そうでないと、この場所で80年も皆から愛されて商売を続けられるわけ無いですよね!
今や有名店ですが本物の洋食屋さんだと私は思います。

洋食屋
ABC食堂
TEL 0748-22-0164
東近江市八日市本町15-17
毎週水曜日・(火~14:00)
AM11:30~PM2:30(OS=PM1:55)
PM 5:30~PM9:15(OS=PM8:30)

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おまけ写真
ほんまち商店街
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一本路地に入ったところの八百屋さん
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ABC食堂隣のペットショップ。
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昔の八日市駅(近江鉄道)周辺は活気に満ちていたと聞いいている。
今は・・・・・・・・・・
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by guwaguwa58 | 2007-08-26 21:01 | 洋食 | Comments(44)
Commented by kash at 2007-08-26 23:47 x
きゃぁ~!くま先生にまた先、越されたぁ~!(笑)
ここ、行ってみたいんですよ☆
やっぱり、コキール美味しそう!!
外観もなかなかステキですね!しかも、この商店街・・・味あるわぁ。
Commented by etamama3 at 2007-08-27 10:10
くま先生 こんにちは。
わぁ~おいしそぉ~^^。私も「村川さん」、気になりますぅ~。
そちら周辺に「村川さん」fが多いとか??どうなんでしょぉ~?
私はね、「パンorライス?」って言うのはその日の気分です。
パンが絶対お勧め!って分かっていたらパンだけど。
にしても、コロッケ!コロッケ好きにはたまらない画像^^。今日のランチ、
コロッケになっちゃうかもぉ~。
Commented by makudeco at 2007-08-27 12:09
昼時に見るABC食堂はたまりませんよぉ!!!
どれもちゃんと手を掛けてて美味しそう(ジュルッ)
食後の八日市散策もかなり楽しそうですね〜。
こんな街並大好きです(^ー^)
Commented by yume at 2007-08-27 13:35 x
うわっ。 私も行きたいと思っていたんです!
こういう系(?)魅力を感じない人に言うと、何故わざわざ行きたいのか不思議がられるのですが、 行きたいんです。私の場合、わざわざ。。
父は昔、八日市で仕事をしていた事があるんで、本に紹介されているのを知って驚いていました。

いいですねぇ~
なんとも言えません。たまりません。
銀紙の上に盛られたコロッケ、サラダ。その昔は憧れだったんですよね。

チキンライスに旗のたった「お子様ランチ」を頼む私。 両親は「Aランチ」「Bランチ」 先が白い紙でぎゅっと包まれたナイフとフォークが一緒に運ばれてきたなぁ。
あの頃って「食堂」が たまらない贅沢で。。

おぅ~ あの頃が蘇ってきますよ。


商店街も私にとってはたまらなく魅力いっぱいの町ですやん。
涼しくなったら八日市!
Commented by みかん at 2007-08-27 18:31 x
うへっ!美味しそう~~
また東近江市行かなあきませんやん♪
子供達が小さい頃商店街にある七里屋さんというパン屋さんによく行きました
サンドイッチが美味しかったなぁ~~~まだお店あるのかなぁ?
あ~~ん公民館 食べたい!!
Commented by うさこ at 2007-08-27 23:24 x
くま先生、プチお久し振りデス!
ABC食堂のランチ、よく滋賀のグルメ雑誌に紹介されてますよね。
ボリュームたっぷりな上リーズナブル!たまりませんね!(・∀・)
公民館や村川のネーミングメニューがユニークだし、めっちゃ気になります(笑)
いつかは八日市周辺の散策を実現させたいなぁ〜。
Commented by くま先生 at 2007-08-28 00:27 x
kashさん
お先でした~~(笑)
ここは結構有名みたいですね!最近まで全く知りませんでした。
コキールもアチアチで火傷するほどでしたよ~
なにより735円の安さがすごいね~~~
Commented by くま先生 at 2007-08-28 00:40 x
たまねこさん
村川さん、気になるな~周囲一帯村川さんだらけだったりして~~

東京近辺では、競争も激しくこのような安くて美味しい洋食屋いっぱいでしょうね~~
滋賀ではあまり無いのですよ~~洋食屋自体が少ないな~~
お昼ごはんも食べるところが少ないしね!
だから、すごく貴重なのです、このような庶民の強い味方のお店。
Commented by くま先生 at 2007-08-28 00:48 x
makudecoさん
この日やっと、びわ湖の漁港で野良猫ちゃんに出会いました!
滋賀の野良ちゃんは、やはり人見たら逃げますね~~

結局、お友達にはなれませんでしたが、漁港と野良ちゃんは相性いいね~
また、頑張って野良ちゃん探しますね~~
Commented by くま先生 at 2007-08-28 01:02 x
yumeさん
お父さんに連れられて、八日市に来られたこともあったのかもしれませんね!その当時はすごい活気があったと思いますよ~~
とにかく、滋賀の穀倉地帯のど真中で、物流の中心地でしたからね~
そして、戦時中は大きな飛行場や軍需工場もあって赤線地帯もにぎやかだったようです。
今は、誰も歩いていないアーケード。なんか、物悲しくなってきますよ~~。この後、どうなるんだろうな、この一帯は!再開発で消えていくのかもしれませんね~

洋食、そうでしたね~~あの旗が欲しくてね~~蘇ってくるな~~。
Commented by くま先生 at 2007-08-28 01:29 x
みかんさん
パン屋さんですか~~おそらく、ここにはもう無いのではないかな~~
調べてみたら、少し離れたところにあるような無いような良く分かりません。情報では大正6年創業とのこと、え~~~パン屋さんの老舗って貴重やな~~みかんさんの話の通りでサンドイッチがメッチャ美味しいみたいですね~~~もしあったらすごいかもしれんな、こりゃ!
Commented by くま先生 at 2007-08-28 01:36 x
うさこさん
そうそう、雑誌にものっていて有名みたですね~~
この値段で、この味は本当にすごいよ~~
八日市の散策ついでに食べるのがベストですね~~
ただ、どこを散策するかが問題やね~~~私はさびれた商店街が好きな変わり者だからいいですけどね~~あ!うさこさんもそうだったんだ~~
Commented by 小春の母 at 2007-08-28 06:23 x
美味しいものばかりがお皿に並んだ定食~
食べたいです~
このMENUの感じは こちらで言うと たいめいけん 見たいなお店でしょうか~ 

渋い薬局 うちの近所にも似たような何でも屋さんがあるのを思い出しました!
Commented by くま先生 at 2007-08-28 23:24 x
小春の母さま
歴史やメニューはたいめいけん(当然行ったこと無いです)に近いですが、金額や知名度が極めて庶民的です。町の洋食屋さんそのものです。
安いですが、きっちり仕事していましたよ~~

hpでたいめいけん見ましたがオムライス食べてみたいな~~~

Commented by たつや at 2007-08-28 23:34 x
ああ、ABC食堂、行ってこられましたか!
食堂っていう響きがいいですよね^^
たつやには、たまらないジャンルの店です。

気取らずに、誰にも好かれるおいしい洋食やさん、
きっと大勢のファンを魅了し続けるのでしょうね。

そのうち、くま先生っていうメニューができたりしてぇ^^;
Commented by くま先生 at 2007-08-29 11:29 x
たつやさん
滋賀に住みながら全く知りませんでした
おっしゃるとおりで多くの根強いファンがおられるようです、それも親子何
代にも渡ってというのがいいですね~~
このようなお店が多くあるといいのですが、非常に少ないですね~~
それだけに貴重です。
これからも、このままであって欲しいですね~
Commented by 下北N at 2007-08-31 22:10 x
これです、これ!ラードで揚げたメンチカツ!コキールもサラダも洋食屋さんの心意気を感じますね。
Commented by くま先生 at 2007-09-02 21:20 x
下北Nさん
ラードで揚げたカツは家の揚げ物とは根本的に違いますよね~~~
香りがたまりませんね~~
古き洋食屋はある意味日本の昭和文化を感じさせてくれますよね!
Commented by 一年遅れで書き込みます at 2008-07-25 21:02 x
このあたり、ABCのすぐ近くに山崎富栄の疎開先があります。Wikipedia(URLをクリック)で人物のことはわかります。また、この店のかつての従業員や付近の通りの様子は姫野カオルコの作品で出てきます。
Commented by 表題をクリックでした at 2008-07-25 21:04 x
一年遅れで書き込みます、あるいは、表題をクリックでした、をクリックするとWikipediaの山崎富栄に飛びます。
Commented by ちなみに at 2008-07-25 21:09 x
ちなみに太田静子も滋賀県出身です。タイトルクリックで飛びます。
Commented by くま先生」 at 2008-07-26 01:40 x
一年遅れで書き込みます さん
書き込み有難うございます。
山崎富栄さん、知りませんでした~
このあたりお詳しいのですね!
そして、この地域にまつわる方に対しても見識を深くお持ちなようですね
~姫野さん、この方も知りませんでしたが滋賀出身なんですね~
ちょと調べさせていただきます。
Commented by 荒鷲食堂 at 2008-07-26 02:51 x
山崎富栄の疎開先は、カギヤ薬局の倉庫の裏の2階のはずです。七里屋はもうないと思います。1軒のように見えたけど、ケーキ部門とパン部門は別経営だったはず。フルーツサンドとかレーズン入り食パンとか… ABCは戦時中は、たしか荒鷲食堂と名前を変えていたはずで、三代ではなく四代のはずです。四代目の今は、昔の味と違うので、客層が変わっていると思います。名前は忘れたけど、長浜の洋食屋よりも古いはずです。洋食屋といえば、大津のびわこ食堂本店とか… 姫野カオルコは高校生の頃にABCに通っていたと思います。その時代には唐十郎や李礼仙もたまにきていたはずです。ABCはコキールとかよく言われるけど、タンシチューとかレバーフライ(中身はチキンハツ)が印象深いです。
Commented by フォステスクか、コーラルか at 2008-07-26 02:52 x
ずっと昔、このあたりは、陸軍飛行隊の関係で来ていた、三船敏郎が飲んだくれて暴れまわっていたところです。他にフランク永井とか芥川也寸志とかもいたようです。バックロードホーンを見て長岡鉄男の名前が出てくるのは懐かしいですね。確か、フォステスク? 否、コアキシャルはコーラルが一般的だったかな?のダブル、普通はシングルスピーカーか、フォステスクの小型でミニバックロードフォンを作るのに、ダブルスピーカを作ったのは見上げたものです。70年代のそのものですね。息切れしたのか1本しかないのが愛嬌ですね。もっと大きな音で鳴らして欲しいものです、客が逃げますが… 他にも、写真を見て思い出すことはありますが、やめておきます。
Commented by くま先生 at 2008-07-27 23:21 x
荒鷲食堂
凄い!・・・・・・汗。
写真のカギヤさんとこでしたか~
そして、気になっていた七里屋さん、なくなっていましたか~そうではないかとはおもっていました。
殆ど高低差が無い八日市の地形を利用して飛行場やその工場が多くあ
ったり、穀物などが多く集まるなどして八日市(東近江市)はかなりの繁
栄があったものと思っております。実際、その姿を見るほど年齢がいって
いませんのであくまで推測です。
手作りスピーカーにも造詣が深いのですね~恐れ入ります。
Commented by 雲流るる果てに at 2008-07-27 23:49 x
七里屋を名乗るパン屋は近江八幡にも、かつて、あったはず、親戚だったのかも知れません。昔は親戚とか暖簾分けということで、同じ名前で、各地に出店した例は、他の食品でも見られます。飛行場が設置されたのはフラットな地形を利用したというのは、大きな理由ではないと考えます。飛行場の跡は、日本独立後に制作された「雲流るる果てに」(鶴田浩二、西村晃、木村功など)という有名な映画でロケ地になっていますので、少しは雰囲気を伺えるかもしれません。昭和40年ごろまでは一部コンクリート舗装が残っていて、それ以前は、草競馬が行われたり、大凧揚げの会場として使われましたが、今は、住宅地になっています。
Commented by 市場の風情は at 2008-07-28 00:00 x
昔は、布筒の中で、手を握り合って金額をやり取りした風景も見られたそうです。恵比寿講の時節には恵比寿のお面なども配られて、少しは賑わいもあったものです。今の百均の原型みたいな10円マートもABCのすぐ近くにありました。昭和30年代以前の写真は結構残されていて、その一部が図書館でパンフレット様の冊子として配布されています。一部、説明に疑問の残る部分もありますが。
Commented by 芥川のふたり at 2008-07-28 00:54 x
芥川竜之介の息子である芥川也寸志(音楽家)を八日市飛行場で撮影したという写真(20年5月撮影だったような記憶?)を書籍で見たことがあったので、也寸志が八日市にいたと書きましたが、兄の芥川比呂志(俳優)の来歴を調べると「敗戦時は陸軍中尉として、滋賀県御園村の神崎部隊、三谷隊にいた。」(Wikipedia)となっていますので、也寸志ではなくて芥川比呂志の間違いだったかもしれません。也寸志は1945年4月、軍楽隊を首席で卒業。とありますから、二人ともいたのかも。また荒鷲食堂が記憶ですが、隼食堂だったかも。荒鷲、隼は陸軍戦闘機の愛称として共に使用されていたようですから。
Commented by 整備兵 at 2008-07-28 04:08 x
軍楽隊主席卒業という経歴からは想像できないが、私が見た也寸志の写真は整備兵だったような記憶がある。もしも、私の記憶が正しいのなら、兄弟ともに、陸軍八日市飛行場にいたことになる。飛行場跡としては今は掩体壕(えんたいごう)が時折注目を集めてはいるが、戦後長らく、ABCの近く(というより裏は接していたのではないか?)に管制塔が移築されていて、ミシン屋(リッカーミシンだったと記憶)として利用されていた。管制塔は解体され保存されていると聞いている。しかし、ABCの話が出て、配膳用の手動エレベーターや2階の窓から屋根越しにトイレに通じる鉄製階段、姫野小説のモデルになった人の話題が出ないのは、既に時代は変わってしまっていて、いまさら、こんなことを書いている自分のポジションを訝ってしまう。
Commented by ミシン屋 at 2008-07-28 04:12 x
リッカーミシンの前にも何かの事務所だったが、それは思い出せない。最後がリッカーだったという記憶のみがある。
Commented by 天輪焼と暫 at 2008-07-29 01:47 x
今川焼だか大判焼だか、一般名称は難しいところですが、大津の項で、天輪焼に?をつけておられますね、しかし、天輪焼は畿内中心に認知されている名称です。ABCからアーケード街に出る角に、かつて「メトロ」という菓子店があって、そこでは、一時期、暫(しばらく)という名称で製造販売していました。この「しばらく」という名称は、タイトルリンクからのページでは「お店の名前?」とされていますが、かつて八日市にも存在し、長浜や岐阜でも大判焼の商品名として認知されているものです。天輪焼と呼ばれる店もありました。アーケード街を駅に向かって進み、大阪チェーンという、この町はじめてのチェーンストア業態の店の跡(出店時は閉店して洋品店になっていた記憶)前にありました。おそらく、京都あたりから、この町に来られて出店されたと思います。こちらのほうに人気が出て、メトロの「しばらく」は続きませんでした。
Commented by 片倉康雄氏の孫弟子と曾孫弟子 at 2008-07-29 01:58 x
蕎麦について、多賀のそば吉(弟子・タイトルリンク)が出てこないのは、さびしいですね、コメントに多賀でとあるお店です。ただ、開店当初の上品な細打ちが、田舎風に変わったころ、それを期待していた客筋の評価が落ちて、その好みの連中が藤村(高橋系曾孫弟子)に流れ、穴場探し好き連中も藤村に向かってしまったと思います。客というのは勝手なことをいうものですが、かつてのそば吉は藤村のそばを更に洗練した上品さがあり、つゆはバランスが取れていたと思います。藤村のつゆは、私の中では、1ランク下です。
Commented by 伊吹も箱館もうまいらしい at 2008-07-29 02:01 x
そばについては、ここ10年のブームのせいで、よい方向での平準化が進んでしまって、美味しいものが増えていると思います。そんな風潮の中で、そば吉は一石を投じているのかもしれませんが、それを理解できるところにまだ至っておりません。東大を出た後、栃木で、高橋云々の兄弟子筋で修行されていると聞いています。個人的に、日牟禮庵のそばは、いけません。あれなら、永源寺の農協がやってる?蕎麦屋のほうがましです、少々つゆが辛いけど、おろしそばとかなら平気さ。307沿い白河は、周囲に評価する人がないので、いったことはありません。たまにしか出かけないので、保守化傾向にあります。白河をついつい通り越して、台湾美食宮(彦根の台湾美食城の愛東店)に行ってしまいますね。大津の居酒屋(どうでもいいけど鶴喜本店で修行)で、品出しミスの謝罪のため気合を入れて打ったという田舎そばは、結構うまかった。信州の山の中の気まぐれ蕎麦屋(営業中ではなかった)に主人の知人が無理を言って十数人で上がりこみ、これでそばができるまで待ってろと出された、すき焼き風猪鍋がうまかった。
Commented by 天輪焼と暫 at 2008-07-29 02:03 x
リンク忘れでした。こちらです。タイトルから飛びます。
Commented by 孫弟子の間違いです at 2008-07-29 02:06 x
孫弟子の間違いです

多賀のそば吉(弟子

弟子ではなくて、孫弟子だと思います。
Commented by ホカイは行器と書きます at 2008-07-29 03:05 x
暇なせいで、どうでもいいことを書いておきます。長浜で親玉饅頭を取り上げられておりますが、親玉饅頭は長浜だけではありません。先のコメントで「昔は親戚とか暖簾分けということで、同じ名前で、各地に出店した例は、他の食品でも見られます。」と書きましたが、これは親玉饅頭にも当てはまります。長浜2店、能登川、篠原、八日市、大津などに親玉饅頭は存在しました。長浜という町は観光客受けを狙うところがあり、本店もその範疇の店です。コンコン様にまつわるエピソードなどを喧伝していると思います。分店は、包装紙がよろしいです。慶弔両用のコウノトリだったか、鳥をあしらった包装紙は工夫の跡が見られます。店にはホカイ(狂言の小道具以外で見るのは珍しい)も飾ってあったと思います。それに比べて、庶民的なのは、大津、能登川、篠原、八日市で、後ろ三店は、親戚関係ではないかと思います。京都にも親玉饅頭はあったと思います。
Commented by サャ~ン倍美味しい at 2008-07-29 03:06 x
なぜ、このように親玉を名乗る饅頭店が多いのか? 興味深いですね。江戸時代のエピソードを紹介するものもありますが、明治時代の引き札などを見ると、親玉という言葉はよく見られます。今のセレブ、一昔前のエグゼクティブ、エクセレント、スーパーなどに通じる明治の流行語であったのではないかと思います。エドはるみ風にならテイスティーグー饅頭、ナベアツ風ならサャ~ン倍美味饅頭なんてところじゃないでしょうか。
Commented by スキー印の雪ん子そば at 2008-07-29 03:39 x
能登川、篠原、八日市、大津などに親玉饅頭は存在しました
過去形で書いたのは間違いで、今も営業している店もあります。

スキー印の「雪ん子そば」という安い乾麺があって、それが好みなので、入手したいのですが、最近、滋賀県内では見かけたことがありません。かつてはスーパーで100円台で売っていたのですが。似た傾向の乾麺は増えてきたので、それを使っています。宮内庁御用達を標榜する大津の蕎麦屋では本店を除いて、ABCの先のアーケード街にある乾麺製造業者のものを使っているという話があります。商売上のことですから、誰も認めないでしょう。しかし、乾麺製造業者は少なく、関西では、この業者のほかに1社あるかどうかという業種です。
Commented by 雪んこそば 桝田屋 at 2008-07-29 03:47 x
雪ん子そば、ではなく、雪んこそばです。桝田屋の製品で、信州では、年末などの季節には、箱入りが平積みしてあって、割引セールもされる人気商品ですが、昔のほうが、うまかったような気がして仕方ありません。スキー印というのは桝田屋のブランドで、袋表面にはそう書いてあったはずです。
Commented by そば吉と藤村 店舗内外装 at 2008-07-29 20:18 x
そば吉の難点は、内装の腰板が丸太プリントであること。時代的に致し方ないのかもしれないが、本物志向を唱えているのはない。個人的に錯視のような感覚を起こしてしまう。これは、ものを食べるという行為に対して、阻害要因のような気がしてならない。もっと単純で、つまり擬似立体ではないもののほうがよかったと思う。藤村の難点は、エクステリアのゲッソリ感。下窓から坪庭風のエクステリアが見られるが、石臼の欠けた所等をセメントで補修しているのはゲッソリさせる。そういう目で見るとエクステリアには配慮が足りないと思われる。両方とも、予算か、工事業者かプランナーの力量不足に起因しているのだろうが、店主の詰めが甘い。何も高級感を欲しているのではない。欠けた石は欠けたなりの美学を見出す気持ちが見られないのが寂しい。藤村は開店当初に比べ、駐車場も整備され、利便性は向上したが、雰囲気をかもし出すアプローチは年寄りには負担になる人もある。コンセプトの違いはあるが開店当初の時代背景を考えれば上記以外は気になるところは、例えばトイレのレイアウトなども受容可能なものと考える。付け加えると、できれば、テーブル天板のベトツキ感がないように保持してもらいたい。
Commented by くま先生 at 2008-07-29 20:47 x
雲流るる果てに さま
いろいろ、面白い情報ありがとうございます。
蕎麦対しての思いも強いのですね~
そば吉は昔、昼ごはんをいただく気軽なお店として通っていました。
職場がかわり最近はご無沙汰しております。

親玉饅頭、なるほどその時代の流行の単語だったわけですね~
滋賀だけでなく全国にあるようですから納得ですね~

雪んこそば、それは知りませんでした。
それと合わせ、アーケード街の乾麺業者のものも食べてみたいですね~
Commented by うどんがよろしいです。 at 2008-07-30 12:18 x
アーケード街の乾麺業者は、うどんがよろしいです。
Commented by Webでも買えます 商品一覧 at 2008-07-30 12:58 x
乾麺のうどんは、どこのものでも結構うまいのですが、ここは自ら逸品を名乗っていますね。Webでも買えます。土鍋でしっかり湯がいて、ポン酢に七味を散らしたつゆに、揚げながらいただくという、まるで湯うどんみたいのも、美味しい食べ方です。夏はエアコンがんがん効かせて。具無し(だし昆布のみ)のシンプルうどん鍋も、この食べ方なら結構いけます(ただし、乾麺のみ。生はいけない)。うどんといえば、そば吉のうどんは上品でいいですね。その対極が、彦根の肥田町あたりに、今もあるのかな? 味由紀屋?(最初に味の字がついたのは確か 製麺もしていて玉売りもあった)のうどんは庶民的ノスタルジーに浸れます。この傾向を求める人も多く、中華そばで銀座の外れにあった「陽気」や素そば(中華そばの具無し)で八日市にあった「太平楽」を懐かしむ人も結構いるのではないかな?
Commented by 読売TVの演出付ドキュメンタリ at 2008-07-30 14:00 x
アーケード街の乾麺製造所は数年前にテレビで紹介されたことがあります。読売TVの演出付ドキュメンタリーで、大阪市場の仲買人に買い叩かれる中小業者の悲哀を追った1時間ドキュメンタリー番組です。演出付きというのは、一部に、やらせ的なディレクターの「要望」が見られるということです。まじめな家族経営ゆえに、要望に応えてしまった感がありました。


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